青少年における乾汁の副作用 1
先ほどからやたらと視界に入り込んでくるその先輩の動きを不審に思いつつリョーマは 休憩の声がかかると同時にさっさとコートから出ようとした。
「越前。」
・・・しかしその自分の動きを見透かしていたかのようにいち早く声をかけ、その長身を生かして自分の前に立ちはだかった乾にリョーマは露骨に眉を寄せた。
「・・・何すか?」
そんな事を聞かなくても彼が手にしているカップを見れば用件はわかるのだが、とりあえずそう聞いてみる。
「このドリンクなんだけ・・・」
「遠慮するっす。」
・・・用件を聞いたことで義理は果たした、と言わんばかりの態度で即座にそう言い放ったリョーマはそのままさっさと彼から離れようとするが、またもやしっかりと乾に腕を掴まれてしまう。
「遠慮するって言ってるじゃないっすか!」
「これは前回の欠点をふまえて改良したものだから一飲の価値はあると思うが?」
喚くようなリョーマの声もどこ吹く風でまたもや得意の逆光で迫る乾。
「嫌だ!」
そんな乾を睨みつけ、これ以上はない程強く言い切るリョーマ。
「・・・まあ、いいだろう。」
・・・しばしの睨み合いの後、ひょいと肩をすくめ、割合あっさりと引き下がった乾にリョーマはいささか拍子抜けしたが、気が変わらないうちに、とそのまま彼の脇をすり抜ける。
「不二。」
と、不意に背後から聞こえた乾の声にリョーマの足が止まった。
「何?乾??」
「これ、新作なんだけど飲んでみるかい?」
「へぇ・・・」
いかにも興味ありげな不二のその声にリョーマの眉が寄る。
「で、これは何に効くの?」
「前回と同様、成長を促進させる効能を狙ってみたんだが、越前に拒否されてしまってね。」
「あはは、君も懲りないね。で、効くの?」
「そのはずだが。」
「じゃ、もらってみようかな?」
「!」
その不二の言葉に振り返ると、今まさに不二が乾からそのカップを受け取ろうとしており、リョーマはその目を見開いた。
「!あ」
受け取ったばかりのカップをいきなり脇からひったくられ、不二は目をしばたきつつリョーマを見る。
「越前・・・?」
そんな不二を憮然とした表情で見つめた後、ちらり、と乾をななめ見れば、彼は薄笑いを浮かべ、自分を見下ろしている。
「気が変わったのかい、越前??」
「・・・・・」
「君が飲まないなら不二が飲むそうだが・・・どうする?」
「・・・にゃろう・・・」
その余裕の表情にまんまと彼の術中にはまったことを悟ったリョーマは乾を悔しそうに睨みつけるが、時すでに遅しである。
後に引けなくなったリョーマは意を決して手にしたカップの中身を一気に飲み干したのだった・・・
「・・・う〜・・」
自分の部屋に入るなり、ベッドサイトにもたれかかり、天井を仰いで呻るリョーマに不二は苦笑した。
「・・・大丈夫?」
「・・・にみえます??」
返ってきた言葉と声は不機嫌そのもので。
「あれは“飲み物”じゃないっすよ。」
・・・大体が効能とやらを重視して作られた”汁“である。味など推して知るべし、である。
覚悟はしていたものの今回も予想以上の代物で、あの後、部活中も帰宅途中も込み上げる吐き気と戦うはめになり、リョーマは改めてその威力を思い知らされていた。
「別に乾は君に強制したわけじゃなかったんだから、飲まなくても良かったのに?」
そんな自分の苦しみをよそに、至って暢気にそう言う不二にリョーマは眉間にしわを寄せる。
「・・・オレが飲まなきゃあんたが飲んでたでしょ?」
「うん、まあそうだろうね。」
「・・・・・」
何の屈託もなくそう返す不二にいささかむっとしたリョーマはますますその顔をしかめ、ばす、と乱暴に頭をベッドの上に打ち付けて天井を見上げた。
・・・やっぱりわかってない。
でも気を使われると余計むっとする事だけにあからさまにはできない。
くだらないのはわかってる。仕方ないことも。
普段は全く気になる事ではないのだが、彼の前・・・正確に言うと恋人としての彼の前ではついそれを気にしてしまう自分に舌打ちしたくなる。
でも、時折どうしようもなく悔しいのだ。まだまだ小さい自分が・・・
「何、拗ねてるの?」
そのままむっつりと黙り込んでしまったリョーマに苦笑して不二は彼の横へと座る。
「・・・別に・・・」
「ウソ。」
天井を睨んだまま自分を見ようとしないリョーマの頬をからかうようにつついて。
「顔に書いてあるよ。ご機嫌ななめって。」
「・・・あのねぇ・・・」
何か言い返してやろうとむっとした勢いで頭を起こし、不二を見れば、
「やっとこっち見てくれたね?」
眼が合った途端、嬉しそうににっこりと微笑んだ彼に怒る気力が急速にしぼんでいくのを感じる。
“やっぱこの人にはかなわないな・・・”
にこにこと天使のごとくの微笑をむける不二に内心でため息をつきながら、リョーマは不二の肩に手をかけて素早く押し倒す。
「こら!ちょっと・・・」
両手首を床に押し付けておいて、上から彼を見下ろせば困ったように笑う不二。
「ダメだよ・・・」
自分の意図を悟ってかやんわりと拒否する彼に、リョーマは眉を寄せる。
「どうして?」
言葉に詰まる不二の額に自分の額を押し当ててリョーマは彼の瞳を覗き込む。
「ここはあんたの部屋で、オレ達以外に誰もいないっしょ?」
早口でそう紡ぎ、拒否の言葉が出る前にその唇を自分のそれで塞げば、軽くもがきはしたもののすぐにおとなしくなる。
薄く開かれたその唇を軽く舌先で割れば、少しためらった後に絡められるそれ。
ゆっくりと深くなっていくその口付けに不二の手首を押さえつけていた手は彼の頭と首裏に回り、不二の手はリョーマの背中にやさしく回る。
部屋に響く口付けの音と、鼻にかかる呼吸の音。ふわり、と鼻をくすぐる不二の甘い香りとその重みに満足感を覚え、リョーマは更にその唇を深くふかく求めていく・・・
「・・・ベットは・・・すぐそこなんだけど?」
・・・そのままシャツのボタンを外し始めたリョーマに上がりかけた息で不二が言う。
「我慢できない・・・」
その手を止めることなく、同じように上がりかけた息でリョーマが答える。
「床じゃ冷たいよ・・・」
「すぐあったかくなりますよ。」
「・・・じゃ、君も脱いでよ?」
聞く耳を持たずに自分の肌を曝け出して行く彼に抑止をかけようと口にした言葉。
しかしリョーマはその手を止めてちょっと笑うと、あっという間にシャツを脱ぎ捨てた。
「・・・これでいい?」
そう言って不敵に笑って再び自分を組み敷き、見下ろしてくるリョーマにやれやれといったようにため息をつき、不二はちょっと笑って目を閉じる。
「じゃ、お許しが出たって事で・・・」
少しふざけたように言ったつもりの言葉が掠れた。
伏せられた長いまつげ。形の良い鼻。柔らかなカーブを描く薄く染まった頬。濡れて赤さと艶を増した唇。
・・・やっぱり綺麗だ、そう思う。
何度触れても、感じても、慣れる事はなくて、バカみたいに胸がドキドキする・・・
はやる気持ちを抑えるように、わざとゆっくりと閉じられた瞼、滑らかな頬に唇を落とすと不二は喉の奥でくすぐったそうに笑ってそっとその顎を上向き加減に逸らす。
その表情に再び見惚れ、誘われるようにその唇に口付ければそれに答えるように震える体。
それを宥めるように、煽るようにリョーマは彼の肌に触れていく。
腕の中の恋人はゆっくりと、でも確実に自分の愛撫に応え、切なげな吐息を漏らし始める。
そのしどけなくも綺麗な姿がまだ日の残る部屋に鮮やかに映え、リョーマをまたどきりとさせる。
「僕ばかり不公平じゃない??」
その全てが見たくて、その全てに触れたくていささか乱暴に不二の残りの衣服を奪えば、拗ねたような口調で不二が言う。
「僕も君に触れたいんだけど・・・」
「・・・わかった・・・」
・・・ただの照れ隠しなのかもしれないが、自分に対してそんな要求をしてくる不二がたまらなく可愛く思え、その額にキスを落としておいてリョーマは素直に不二の言葉に従う。
そうしてゆっくりと身体を重ねれば、じかに触れ合う素肌の感触が心地よくて、嬉しくてリョーマはその身体をぎゅっと抱きしめる。
「越前・・・」
そんな自分の耳元で囁くようにそう呟き、優しく抱きしめ返してくれる不二。
そんな彼が愛おしくて、愛おしくて身体が熱くなる。
「先輩・・・」
まだ早いかな・・・そう思いつつも不二の言動とその温もりに一気に我慢の限界に来てしまったリョーマは次の行動に移ろうとした。
だが・・・
「・・・っ」
いきなり身体の節々に鋭い痛みが走ったのにリョーマは眉を寄せた。
・・・何だ、今の??
気のせいかと思ったが、そのきりきりとした痛みは急速にその度合いを増していく。
「・・・く・・・」
「どう・・・したの?」
リョーマの異変に気づいたのか、目を開けて不二が心配そうに彼を見上げる。
「何だか、君の身体、熱い・・・」
そう言う不二の言葉が耳元でぼやける。
「だい・・・じょうぶ・・・っす」
そう言う舌が回らないのを感じつつ、自分の体重を腕で支えきれなくなったリョーマは不二の胸にその頭を落とした。
「ちょっと、君、すごい汗だよ!」
苦しそうに眉を寄せ、小さく喘いでいるリョーマの額から吹き出る汗と、燃えるように熱くなっているその身体に、ただ事ではないと悟った不二は慌てた。
「救急車、呼ぼうか?」
「・・・そんな・・・カッコ悪いこと・・・ヤダ。」
そう言って自分を見上げるその目もうつろで、不二は慌てて起き直ると、そんなリョーマの身体を起こし、ベットサイドへともたれかけさせる。
「・・・う!」
身体を動かした途端、全身をつき抜けた激痛にリョーマは思わず呻く。
「どこか痛いの?」
「・・・大丈夫・・・それより・・・水、くれない?」
そんな自分の言葉を受けて、衣服を着けるのももどかしげに不二が部屋から立ち去るのを横目に映しつつ、リョーマは大きく息を吐き出した。
節々の痛みは身体全体へと移行し、引きちぎられるようなそれへと変化していた。
・・・ああ、ヤバいかも・・・
今まで経験したことのないその痛みに必死に耐えつつリョーマは人事のようにぼんやり思う。
“!”
再び走った痛みに身動きした瞬間、もたれているベッドサイドから身体が滑り、思わず掴んだシーツごと床へと倒れ込む。
“もう一度・・・抱きしめたかったな・・・”
自分を包むように覆うシーツから香る不二の匂いにふっとリョーマは思う。
“やっぱあんたの事・・・好きだ・・・”
遠のく意識の端で不二の笑っている顔がよぎり、それに微笑み返すように笑いつつリョーマはその瞳を閉じた・・・
水の入ったペットボトルとコップを手に、とるものもとりあえず階段を駆け上がった不二は、自室のドアを壊さんばかりの勢いで開ける。
「越前、水・・・」
しかしベッドサイドにその上体はなく、床に艶やかな黒髪とベッドから引き剥がされたシーツが散らばっている。
「越前!」
慌てて駆け寄り、シーツごとその上体を自分の膝へと抱えあげた不二だったが・・・
「!」
次の瞬間、声にならない声を上げ、不二は抱えあげたその上体を床へと落とした。
「・・・いて・・・」
ごん、という鈍い音の後、ややあって低く押し潰れたような声が響き、のろのろとその身体が動いた。
「・・・もっとそっと扱ってよ・・・」
打った頭を押さえつつ、リョーマはゆっくりとその目を瞬いた。
「・・・あれ、生きてる・・・」
頭と身体の節々に疲労に似た気だるさが残っているものの、先ほどまでの痛みはうそのように消え去っており、一体あれは何だったんだろう・・・と眉をしかめつつリョーマはゆっくりと上体を起こす。
「・・・えち・・・ぜ・・・ん?」
そんなリョーマにためらいがちに不二が声をかける。
「・・・何すか??」
いつもの不二らしくないおずおずした声の響きを不思議に思いつつ彼を振り返ったリョーマはふと感じた違和感に首をひねった。
「?」
・・・視界がいつもと違う。でもその違和感が何からきているのかぼんやりした頭では考えられず、答えを求めるように傍らにいる不二を仰げば、自分を見る彼の顔は驚きに強張っていて。
「オレ、どうかしましたか?」
そのめったに見たことのない不二の顔にリョーマが眉を寄せれば、不二はこくん、と頷く。
「・・・大きく・・・なってる。」
「え・・・?」
「君、大きくなってる・・・」
初め何を言われているかわからずリョーマは首を傾げたが、ふと視界に入った自分の手のひらが大きくなっているのにぎょっとする。
「え?」
驚きのあまり思わず立ち上がれば、いつもは見上げている不二の背を軽々と追い越してしまいリョーマは唖然とした。
「・・・マジ?」
遠くなった足元と自分を見上げてくる不二にリョーマはただただ目を瞬く。
“本当に・・・大きくなった??”
ばさ。
身体にまつわりついていたシーツが足元に落ち、端から見れば情けない格好になったことも気づかずリョーマはただ驚きに呆然と立ち尽くしていた・・・